映画日記

このページは私が1984年2月から12月にかけて見た映画について書いたノートをもとに構成しています。
青臭いところは笑い飛ばしてください。

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Film music
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1984.2.23
「去年マリエンバートで」 アラン・レネ監督、デルフィーヌ・セイリグ主演
男は現在について語っている。が、それがいつの間にか過去を語り、最後にはどちらなのかわからなくなる。時制はなく、それはだまし絵となる。

「直面する生涯こそ、まさに私の能力を目覚めさせ行動を喚起するものなのである。」オルテガ


3.2
パウル・クレー「目にみえる世界は、芸術家にとっては、見えるというその性質の中だけで汲みつくされはしない。更に進んでイメージに達しなければならない。芸術家は現実を越えて現実を溶解し、それによって内的リアリティーを、目にみえるものにしようとする。」


3.26
cine vivantで「ヴァーリヤ!」 ニキータ・ミハルコフ監督を見る。二人の役者が素晴らしい。とても演劇的な映画。女優のイリーナ・クプチェンコが美しい。自分の保身で手一杯の男。

4.19
「ジャズメン」(カレン・シャフナザーロフ監督)は後半が得に臭い。
「話の話」は傑作アニメーション!バッハのピアノ曲に乗せて幻想的な情景が美しい。

5.31
アギーレ
よくあんなところまで行って撮影したものだ。
フィッツカラルド
よくこんなことを思い付いた。よく撮った。帰ってきたクラウス・キンスキーの顔の爽やかさは忘れられない。


6.7
仁義なき戦い総集編、新宿昭和館
2度死んでまた生き返る川谷拓三、1度死んで色黒になって登場の松方弘樹


6.10
西武劇場 ブニュエル特集
欲望のあいまいな対象 ルイス・ブニュエル監督
脚本のジャン・クロード・カリエールの講演あり。


6.27
for a fake オーソン・ウエルズ
白夜 ロベール・ブレッソン
抵抗 ロベール・ブレッソン


7.14
カルメンという名の女 ゴダール


7.19
並木座
砂の女 勅使河原宏
私が捨てた女


10.29
有楽座
翼よあれがパリの灯だ


10.30
有楽座
舞踏会の手帳
マリー・ベル
フランソワーズ・ロゼー

或る夜の出来事
クラーク・ゲーブル
クローデット・コルベール


10.4
有楽座
美女と野獣


11.11
新宿スカラ座
Once Upon a Time in America


11.13
特別な一日
ソフィア・ローレン
マストロヤンニ


12.5
有楽シネマ
お葬式 伊丹十三


12.8
ノスタルジア 4回目


12.14
銀座文化2
哀愁


12.28
ラ・パロマ ダニエル・シュミット
イングリット・カーフェン


1985.1.4
並木座
東京物語


1.6
東急シネマスクエア
スワンの恋 フォルカー・シュレンドルフ


1.28
the cheat
cat on a hot tin roof

「生きる」の志村喬のクローズアップは「どん底」の藤原釜足のクローズアップと同じである。


2.8
LE PLESIR MAX OPHULS
第1部 仮面
第2部 メゾンテリエ
第3部 ?
階段が(つまり装置が)カメラを動かしている。カメラに動きを与えている。ワンシーンワンカットが多く、カメラの動きを重要視していることがわかる。第1部「仮面」では舞踏会のシーン、第2部ではその”家”と教会のシーンなどで。第3部ではアトリエで。

「仮面」ではなく「白い顔」だったか?「白い町で」から思い出した。
字幕はその男のことを”PALE,THIN、WEAR DANDY”と説明していた。一人だけ大袈裟に踊り、卒倒してしまう。医者が衣服をゆるめると仮面をつけていることがわかる。それを剥がすと老人の顔があった。「老人は貧しい暮らしをしていた。」とナレーションがあり、螺旋階段を登って部屋にかつぎ込まれる。妻は彼が過去の栄光を忘れたくないのだと語る。そのために変装をして踊りに行くのである。
第3部の画家はルノワールの「ゲームの規則」に出演している下男ではないか。シモーヌ・シモンが窓から飛び降りて自殺を試みるシーンのキャメラは驚嘆に値する。今まで物語の傍観者だった我々観客はキャメラの目となり、つまりはシモーヌの目となって階下へ飛び降りることになる。画家の男は女と結婚する。女は下半身不随になって車椅子に乗っている。男がそれを押して海岸を散歩している。この物語はトリュフォーの「隣の女」の中のテニスクラブを経営する婦人の過去として取り入れられている。
メゾンテリエの白い汽車はジャン・ギャバンの白い馬車につながり、田舎にやってきた娼婦達の心が清められて教会で涙することを予告している。女たちが持って帰らなかった途中でつんだ草花だけを乗せて、白い馬は帰ってゆくのだった。メゾンテリエに戻った女たちは、しかし、前と同じ様に働くのだった。ギャバンはローザに走り、パリの男たちもこの女たちに走る。


キネカ大森
白い町で アラン・タネール
ブルーノ・ガンツ
カメラの移動が速すぎて風景より移動自体に注意を引き付けすぎる。二人の女。カウンターのローザ。そしてラストの汽車の中の少女。風景をカメラに納めて旅する男はヴェンダースの「さすらい」に原形がある。心の隙間を埋めようとして、自分の見たものをすべて記録しようとする。しかしそれは目的を達成しない。
汽車の中の少女はヴェンダースの「都会のアリス」のアリスと共通する。男は少女の顔に何を見ているのであろうか?すなわち心を埋める純粋性を求めているのである。 この監督は精神的に未熟である。撮影がまずい。
ただブルーノ・ガンツとテレーザ・マドルーガの演技は素晴らしい。それだけにスタッフの力量と俳優たちの力量の差がこの映画を引き裂いていて実に惜しい。海のシーンは美しい。「映画史上最も美しい海」にはデュラスの「アガタ」ゴダールの「カルメン」があるが、この映画のシーンもこの範疇に入れてよいだろう。


2.12
去ってゆく後ろ姿が絵になる男。これがいない。
ヴェンダースはなぜニコラス・レイやダニエル・シュミットを俳優として使うのか?
それは、神話をもった俳優が存在しないからではないか。ほとんどの俳優たちはメディアによってその神話性を剥がされ、後ろ姿で去ってゆく演技を成り立たせることが出来なくなっている。プロの俳優に神話が存在していないのが現代のスクリーンなのである。


10.14
シアターアプルのレイトショウ。
「情婦」ビりー・ワイルダー監督
マレーネ・ディートリッヒ タイロン・パワー
原作 アガサ・クリスティー ”Witness for the Prosecution”
歌 ”I may never GO Home anymore”

これを撮る1年前「昼下がりの情事」「翼よ、あれがパリの灯だ」という傑作を撮ったビリー・ワイルダーの監督作品である「情婦」はロンドンの中央刑事裁判所の法廷と寸分違わぬセットから始まる。


  • なぶられ者
    1925年作
    1985.10.22
    アテネフランセ
    アラン=ドワン監督
    グロリア=スワンソン主演
    改定短縮版
    今回は眠らずに見た。小柄のグロリア。彼女はこのような艶笑コメディーを得意としたとチラシにある。
    あらすじ
    デパート勤めのテシーが会社から帰宅する場面が最初である。この地下鉄のラッシュの中で揉みくちゃにされるシーンは表情も豊かで楽しい。 恋人である男は昼は自動車の技術工、夜はタクシーの運転手と忙しく働きながら、テシーとの結婚資金を一生懸命稼いでいるが、デトロイトでいい仕事があり、出稼ぎにいく。 男は火遊びをするなといって、女の手にマッチを近づける。
    女はデパートの辛い仕事を辞め、知り会いに紹介されて彫刻家のモデルや、演技力を買われて偽ロシア未亡人として高級クラブの主人といった仕事をするようになる。 その間もテシーは一途にジミーを思いマッチを擦って手に近づけ、あの日の誓いを確認する。印象的なシーン。
    折りからデトロイトに帰省したジミーは、テシーの部屋に入りその衣装が派手なのに驚く。そこにかえったテシーはジミーを見て抱きつくが、別の男からテシーにきた手紙を見てしまったジミーは疑惑を抱いてテシーを問い詰めた。派手な意匠は仕事着だという答えをジミーは受け入れない。 ジミーは怒りと嫉妬を募らせ、ついに、おまえはデパートの地下で汚れてしまった品物だ、なぶられ者だと罵倒する。テシーはもうこれでお終いなのねと、嘆きベッドに伏す。 ジミーは隣の部屋に行きふと前を見ると、そこには27日すなわちジミーの帰ってくる日付の上にI love you と書きつけられているのを見、自分の疑いはまったく晴れる。ジミーとテシーはブラインドを降ろし口づけを交わす。
    終わり
    アテネフランセの講堂は140〜150人くらいは座れるだろうか。今日は4ー50人の入り。
    この映画が撮影された60年後の今、彼らは私達の眼に映っているのだが、彼らはどんな生涯を送ったのだろう。


  • EL SUR
    1985?年作
    1985.10.22
    Cine Vivant
    これは新宿行きのバスの中で書いている。揺れる。夜の街はしっとりとしている。
    子供の心には私達の引っ掻き傷が残る。母はこの子に父の死を知らせていないのか。


  • つばさ
    1927年作
    1985.10.24
    アテネフランセ
    チラシにはクララ=ボウ主演とあるが、戦場での二人の男が主である。
    空中戦の撮影がすごい。1927年撮影である。



  • 栄光
    1927年作
    アテネフランセ
    ドロレス=デル=リオ主演
    ラウォール=ウォルシュ監督
    フロッグ大尉、女の腕に触り、自分の力こぶを見せ、女の二の腕を触る。
    今度は自分の足に触れ、女の足に触れようとするが、女は右手でチッチッチと舌を鳴らし拒む。この動作が素晴らしく愛らしい。 ライバルはカート曹長。二人とも無類の女好きで、一人の女を巡って争う。
    フランス領である基地に二人はそろって行くことになる。その酒場の娘がドロレス扮する。胸の大きく開いたブラウスの左肩がしばしばずり落ちる。フロッグが送ったガーターをカートがシャツのスリーブガーターにしているのを発見し激怒。 女には手の早い彼らであるが、人間味のある軍人を演ずる。補充兵の隊列を見てフロッグは「30年に一度、大地は戦争の若い血を欲しがる。」とつぶやく。 迫力のある戦場シーンが描かれる。
    二人は女のところへ戻るが、やはり自分には戦いが大切だと女を背に戦場へ戻って行く。フロッグは足を負傷したカートの肩を抱きながら...
    ラウォール・ウォルッシュには「つばさ」もあるがそれが空中戦の映画であったのに対し、「栄光」は陸上戦の映画。どちらも戦闘シーンは特筆すべきである。

    スポイラーズ
    シアターアプルのレイトショウ
    アラスカの無法地帯 マロッテ役をディートリッヒ マクナマラ役(鉱山監督者)を???。ディートリッヒのコスチュームは胸が透けてみえるもの。「エッ」と我が眼を疑ったが、当時としても話題を呼んだに違いない。
    船がつく。
    足を乗せる台は自分より20センチ遠くに置く。どんな関係かわかる。ジョン・ウエインが小舟で浜へ着く。名はロイ。判事の娘と一緒に。衣装がきれいにアイロンしてある。 せりふで遊び過ぎである。戦いの末、ロイたちは鉱山を取り戻す。


  • パンドラの箱
    1929年作
    1985.10.23
    ルイズ=ブルックス主演
    映画史上の奇跡といわれている。映写機の速度の関係で速さを感じる点は差し引いても、展開が速い。疾走するフィルム。 映画ではじめてレスビアンシーンが描かれたという。


  • 商船テナシチー
    1934年作
    1985.10.27
    竹橋、国立近代美術館講堂フィルムセンター
    このホールは270名くらいの定員。
    デュビビュエ監督
    男二人はカナダに渡って仕事を見つけようとし、湊で一晩宿泊する。その宿屋の娘にAは恋をする。二人はいったん船に乗ったが故障のために引き返す。Bも娘に惹かれAを騙して娘と駆け落ちする。Aがそれに気付いたのは船に乗り込んだ後だった。Aは「今、やっと遠くへ行きたいという気になった」と言い残して船に乗る。 タイトルがモダンアートのレタリングで出た後、翻訳者の名がただ一人だけ真ん中に「??岐三郎」と出た。翻訳者という扱いが、今とはかなり違っていたようである。今でも邦題と同じ画面に訳者の名が出るものもあるが、画面中央に一人というのはなかろう。

    1985.10.29
    高田馬場パール座で古い看板発見。入り口を入って左の通路を行くと、正面の壁に商船テナシチーの手書きの 看板があった。この絵の原画というか、元々のポスターのデザインは野口久光氏のはずだ。右から商船テナシチー と書かれている。港で二人がこれから賭け落ちする場面で、髭の男によろしく伝えてくれといって握手をしてい る場面。「ヴィルドラック作、商船テナシチー定価壱円白水社」と右下にある。また、「ヴァンダル=エ=ドラック 超特作日本版」と下中央にある。「運命は従うものを潮にのせ、抗むものを曳いて行く。」慎み深いこの字を描いた 職人はどんな人か。1メートル四方の看板。


  • インディアソング
    マルグリット=デュラス監督、脚本 女は男に「理解力が無い」といって無視する。男は「君以外の女は愛したことがない」と叫び、絶望する。
    女が必要としているのは何か?男が本当に必要なのは何か?それは「二人」と表現される。
    「去年マリエンバートで」で見せたデルフィーヌ=セイリグの振り返り方と眼差し。不安と恐怖、無感動の表情がある。



  • ドレミファ娘の血は騒ぐ
    黒沢清監督
  • 情婦
    チャールス=ロートン、タイロン=パワー、マレーネ=ディートリッヒ。 証言台に立ったディートリッヒの冷たくも妖艶な、また悪魔的な表情。少し顎を上げた右横顔のショットはあまりにも美しい。


  • 去年マリエンバートで
    1985.10.31
    高田馬場松竹
    もう何度これを見ることになるかわからない。マッチ棒のゲームで必ず勝つ方法がわかった。
    高田馬場 早稲田松竹
    久しぶりで「去年マリエンバートで」を観た。デルフィーヌ・セイリグの神秘的な不安げな眼差し。
    「足音は絨毯に吸い込まれ、・・・黒い大理石、円柱・・・」劇Rosmerを見る観客は身じろぎもしない。まるで時間がとまっているか、死んでしまったかのようだ。
    男「あなたを待っている、あなたと別のところで」
    女「私はもうあなたのものです」

    「昔どこかであっているね」

    石像にはどんな意味があるのか、勝手に想像を膨らませる。
    「リチャード3世が議会で宣誓している石像だ」と説明する。事実はこれだ、というのだがそれを聞くとますます何がなんだかわからなくなる。すべてが謎を含み現実が現実と思えなくなる。現実は幻影であるか、幻影が現実であるか、もはや知り得ない。記憶は曖昧になり、今どこに居るのかこれからどこへ行こうとしているのかもわからない。





  • 気狂いピエロ
    恋愛を描いたものの中で最も素晴らしい。何度見ても素晴らしい。 ジャン=ポール=ベルモンドは「勝手にしやがれ」では理性、「気狂いピエロ」では感情。 本屋、夕暮れ、小さく暮れている、悲しげな音楽、「孤独な男は話しすぎる」、花火、ケーキを投げ付ける、マリアンヌ、フェルディナン 、「あなたの膝に手をおくわ」(車の中で)、武器輸出、車に乗り込むショット、逆転、兄のところまで行く、ルノワール、ピカソ、海、ピエニクレ、TOTAL、突然途切れる音楽、雲、空、田舎道、VIEのネオン、空、雲、海、VIEとはRIVIERAのネオンだった、砂の中からあらわれる二人、浜辺、極楽鳥、男、「君は感情だけだ」、女、「思想は感情にある」、木、ものすごい景色、男と女が歩く、 芝居、 ベトナム女、 黄色い顔、 アメリカ兵、「SURE!」「HOLLYWOOD」「COMMUNIST」、 歌、「私の生命線」、 浜辺 、戯れ、 「死から逃げたいと思った瞬間にあなたは死ぬ。あなたの小説はこうよ。」浜辺、 バー・マルキーズ 、ビールを頼む、 レール 「血は見たくない。夕方5時は恐ろしい。」 ツーロンでの再会 、女王アバティ 、マリアンヌのぬいぐるみ、 膝に手を置く、 「ハリウッド型テクニカラーの女はこなかったか」「137数えたら行く」「ばかね」 ふたたび港、 船に乗れない、 船は戻ってこない、 男、 手を撫でて口説く話 、島へ、 打ち合う、 マリアンヌの死、 青いペンキで顔を塗る、 ダイナマイト 「こんなばかげた死があるか!」、 海、 地中海上の大きな疑問符(アンリ・ミショー?)
  • あこがれ
    1957年作
    1988.11.1
    有楽シネマ
    自転車で坂を掛け降りる少女。軽快な自転車。追う少年達。娘のスカートが風にまくれあがる。豊かな胸。 テニスコート。サドル。香りを嗅ぐ。少女の恋人の死。喪服の少女。胸をときめかせる少年達。美しい光が森 の木立と駆け抜ける少女を照らす。幸福な少年時代。やがて恋を知る童顔の子ら。

  • 人影のないカルカッタにおけるヴェネツイア時代の彼女の名前
    1985.11.8
    マルグリット=デュラス監督、脚本
    アテネフランセ
    この映画はインディアソングから完全に魂を抜き取ってしまったかのようだ。まだ残っていたほのかなものまでも。 ラオスからカルダモン山脈を越えてやってきたという狂女は禿頭であったという。男はそれを恐怖のせいだと説明 した。今は歌しかおぼえていないのだ。山を越え多くの人に会い、歩きに歩いてたどり着いたのがカルカッタ。 狂女は死ぬことができず、夫人は死ぬことができるのである。映画の中のすべての人間は沈みゆく太陽である。
    永遠に終わらないのではないかと感じる映画。終わって欲しくないと感じる映画。


  • 突然炎のごとく
    1961

  • アンダルシアの犬

  • ラパロマ

  • そして船は行く
    1985.11.9
    シネセゾン
    顔が素晴らしい。いい顔を集めたものだ。
    ボイラー室での声の張り合い。夢のように現れて消えるサラ・ジェーン・ヴァリー。
    バーバラ・ジェフォードの厳しい鼻筋と美しい衣装。ピナ・バウシュは盲目の皇女を演じている 。顔だけでその役柄が表現されている。一人の偉大な歌手の葬儀のために大勢の歌手や皇太子までが 船で旅に出るという発想が、何か超越的な楽観に支えられているといえまいか。
    この映画では衣装が変らないという点は重要かもしれない。
    喪に服す船は船ごと沈んでしまう。
    娘を連れ去る難民の若者は、死につつある参列者から若い命を助けだす役割だ。今や、船全体が軍艦= 戦争の影、死の影で覆われてしまった。参列者の中で唯一光のあたった娘と、船の死の影によって生命 を奪われつつあったが甲板に引き上げられ光を受けることで精気を取り戻すサイと、この儀式のただ一人 の部外者、傍観者である記者の二人と一匹の生存が最後に示される。他の参列者もボートには乗り移った ようだが、生死はわからない。


  • ソナチネ

  • アガタ
    1985.11.11
    マルグリット=デュラス監督、脚本
    アテネフランセ
    海、浜辺、霞がかった青空、アガタ荘、大きな鏡、窓、冬の海、海水浴場、曇った空、海、打ち寄せる波、 アガタ、ソファー、15才、18才、男、兄、夏の別荘、あの日、アガタ、23才、「あの日のあなたと同じ年」 「愛のために死ぬ時が来る」「あなたから逃れる私を見つけるために、向こうへ行くわ。」アガタ、罪深き愛、 冬の静かな海、行ってしまう二人はここへ来た。荷物は二つあるが、二人は別々にここへ来た。

    『映画の教科書』より
    「これまで理解していたようなムーヴィー、フィルム、シネマというものの意味が失われてしまう時が来ている。フィルムはディスクやテープと並んでメディア芸術家のための単なる材料、選択肢の一つにすぎなくなる。ムーヴィーは映画=テレビとでもいうより叫びようのない芸術とテクノロジーと産業が一体化した機構に不可欠の部分となった。ではシネマはどうなるのだろうか。85年におよぶ長い動乱の一生を終えてシネマはこの世に別れを告げた。
    中略

    多くのものがカセットビデオレコーダーを所持し、どんな番組でもいつそれを見るか自分で決められるようになると、、視聴率争いは馬鹿げたものになる。つまり書く番組は前もって録音されているレコードやテープ同様、他の番組総てと競合することになり、総視聴率はその番組が見られているかどうかを保証できなくなる。それはあとで再生されるかもしれないが、再生されないかもしれない、それにコマーシャルは飛ばしてみることができるのである。」


  • 黄線地帯
    1985.12.11
    テレビ東京
    石井輝男監督
    吉田輝雄、三原葉子、天地茂、
    1960新東宝

    三原の魅力、天地のハードボイルド、吉田の精悍。リズム、光り、セット、台詞、俳優。


  • ゴールキーパーの不安
    ヴェンダース特集がドイツ文化ホールで開催された。 ロードムービーという言葉が流行る。
  • 都市の夏

  • さすらい
    クレジットで1:1.66の数字が映されるのは、正しい寸法での上映が困難になってきたことへの批判。
  • まわり道
    ペーター=カーンはいつもの役柄。暗い道で四人が空を見上げるシーンが美しい。

  • 緋文字

  • 都会のアリス
    アリスの母親役の女優はNHKドイツ語講座のスキッドでよく見かける。



  • サニーサイド

  • 巴里の女性

  • 女房の親類

  • 初陣ハリー

  • 田舎の日曜日

  • 南北珍雄腕比べ

  • 彼女について私が知っている2、3の事項

  • タンポポ

  • 赤い河
    シアターアプルでナイトショウ
  • 黄線地帯
    テレビ東京、昼の時間帯
  • 紐育の波止場
    草月ホール
  • 間諜X27
    草月ホール
  • ブロンドヴィナス
    草月ホール
  • アルプスおろし
    草月ホール
  • 愚なる妻
    草月ホール 淀川長治氏の解説を聞いた後で見た。
  • 忘れじの面影
    草月ホール
  • 女体渦巻島
    テレビ東京、昼の時間帯です。 石井輝男監督 三原葉子
  • ノスタルジア
    もう何度目か?
  • ヴェラクルス
    シアターアプルでナイトショウ
  • アメリカ
    渋谷の??? ジャン=マリー=ストローブ監督
  • アンナマグダレーナバッハの日記
    渋谷の??? ジャン=マリー=ストローブ監督 レオンハルト本人の出演、演奏ではないか!へーっ、驚いた。
  • 百万両の壺
    「おまえの作った料理を、...うまい...といったぞ。」ここは笑います。
  • やさしい女

  • ゴダールの探偵
    「探偵」だけでは客が入らないというのでなく、ゴダールだから見に行く客なんだということでしょう。
  • ゆきゆきて神軍
    鼓動が速まる映画。生身の人間の恐ろしさ。
  • 右側に気をつけろ
    これも「ゴダールの」がくっついていたでしょうか。一段と吃語的になった表現。 これ以降、就職したために映画を見ることはほとんどなくなってしまいました。